『女子校生三人が鴨川で花見』/ 第6回短編小説の集い
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【第6回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」
『女子校生三人が鴨川で花見』
ナオは小学生や小さい子供にはたいそう優しかったが、自分より年上の大学生とか、社会人とか、老人に対しては全く敬意がなかった。今日も色々な世代の皆が花見をしている鴨川で、酔っ払った大学生を見つけてはおしりを蹴ったり彼らのおつまみを奪ったりしていた。もちろん悪戯をされた側も反撃しないわけはなく、お昼の2時を過ぎた頃にはケチョンケチョンにやられて、木陰で橙子(とうこ)に膝枕で介抱されていると言う有り様だった。
「世界がサクラ色だわ」
「それあなた目尻が切れて血が出てるのよ」
彼女らは朝の九時半から花見をしに鴨川へ集まって三人で酒盛りをしていた。三人というのは同じ学校に通っている三人で、橙子とナオ、そしてミッチーこと美奈。ミッチーは30分以上前から二人の後ろで桜の木を静かに蹴っている。泥酔しているせいか、花びらが散るのが面白くてしかたがないようだ。
「なんだかんだで、やっぱり花見は風情があるわ」橙子の膝の上で目をしばしばさせながらナオが言った。
「うん。ミッチーが蹴って散らしてるのを差し引いても綺麗よね」
「持つべきものは桜の木を蹴ってくれる友達よね」
「そうかな」
「うん。あ、そうだ橙子、これ」ナオがスカートのポケットからクシャクシャになった米国製タバコの箱を取り出し差し出す。2本だけと言って橙子の胸ポケットからひったくったものだ。
「ぺしゃんこじゃない」
「やっぱり?」
「やっぱりって何よ」
橙子はやれやれと言って、とりあえず中から潰れ具合のマシな一本を探して一服する。ナオが口に一本突っ込んで欲しそうな仕草をしたが、見えないふりをして桜並木に目をやった。
「……ナオ、私さっきからやけに人と目が合うんだけど、私の顔に何かついてるのかしら」
「ついてないよ」
「……今目つぶりながら言わなかった?」
「いや開けてた」
なんということはない、少し離れて見ると満開の桜の木の下で膝枕をし、乳繰り合っている微笑ましい同性カップルに見えるからだ。
「もしかして――」
「あーん、橙子がイイ女過ぎて濡れてきたわ!」察したナオがおどける。
「ナオ、あなたもとから下半身びしょびしょじゃない、川に入って」
「もうおおかた乾いたよ」
そう言ってナオはスカートの後ろを見せようと体をよじる。
「あ!寝返りうたないで!血がスカートに付いちゃう!」
「ああ、ごめん」
「まあいいわ。そういえばこの後どうする?喫茶店は混んでそうだけど」
「うーん、あ、そうだ」ナオがピザ食べ放題へ行く提案をしようと口を開けるのとほぼ同時だった。
「ぎゃーーー!!」
女性の叫び声と群衆のざわめきが起こった。橙子達の近く、30メートルほどの場所で刃物を持った女性が別の女性を切りつけたようだ。
「お!春の風物詩!こんな事なら大学生なんかからかわないで体力残しとくんだった」ナオは橙子の膝から少し頭を上げ、また目をシバシバさせて眼前の惨事を見つつ言った。
橙子は今月最高のしかめっ面をして「冗談でもそういう事言わないの。逃げたほうがいいかな?」
「冗談なんだからいいじゃない」
そう言いながらもナオの目は刃物を振り回す女性の急所を離さず追っていた。ナオのこの所作は先週からハマっているマーシャルアーツ映画の影響で、別に武術の心得があるわけではない。酔った学生たちとの些細な喧嘩が彼女に比較的重いダメージを与えたのもそのせいだった。かかと落としを決めようと足を上げれば、その勢いで転んで川に落ち、木製のベンチを持ち上げようとすれば木のササクレが全力で手に刺さった。顔面にパンチが入ったのも相手が意図したものではなかった。
「あー取り押さえられたー」女性の甲高い声で酔が覚めたのか、桜の木を蹴るのを止めたミッチー。橙子の横に来てぺたんと三角座りをして、橙子の膝の上のボロ雑巾を覗きこんだ。
「ん、どうしたのその顔」
「喧嘩した」
「ふふっ……わはははは!」
「ミッチー笑いすぎ」
「どうするのよナオ、明日みんなでディナーにお呼ばれするの、一応ドレスコードのあるところでしょう?絆創膏だらけで行くつもり?ははは!」
「ふふーん、私のミドルネームは、」
「『ミゼラブル』ね」ミッチーがかぶせる。
「(怒)」
「いいじゃない、誰だって、私だってタダのディナーは行きたいわよ」ミッチーを威嚇しようとするナオの肩に手をやり、制しながら橙子がなだめる。
「むう。ひとまず、ひとまずよ、激甘のフラペチーノをキメて、出来る限り回復させるわ」力なく橙子の膝から起き上り歩き出すナオ。
「太るよ」とミッチー。
「だから花見の人でカフェは混んでるってば、私がテイクアウトで買って来ようか?」と橙子。
しばらく間を置いて「……ダークチョコチップフラペチーノ、一番大っきいやつで」
「はいはい……」ここで橙子が先にフラペチーノ代を回収しておかなかった結果、この年の後半においてのナオのミドルネームが『踏み倒し』として定型化される事になるのは想像に難くない。
「さっきの切りつけられた女の人、重体みたいよ」ミッチーがそう言いながら携帯デバイスをナオに投げる。
「根性があれば三日で治るよ」
「流石に無理じゃない?」
「まあね」
了?(2110字)
あとがき:
小説っぽいのをネットに公開するのは初めてです。いえ、書く事自体が初めてかも知れません。漫画のプロットはテキストで作っているのですが、箇条書きに毛が生えたような物でしたので
そういえばこれを書いている途中にChromebookのアップデートがあって、その適用後からどうもUI全般が重くなってしまいました。リリースチャンネルならこういう事態にはならないのですが、拡張機能の関係もあってベータ版以下を選ばざるをえない状況で。5分くらいで済む事なのですが、リリース版に戻したりちょっと面倒でした
企画様ページ:
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